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院長コラム NO.3  「 開業医の「権威」とは (後編)」

 感心するくらいいろいろな患者さんがいて、理屈で割り切れないことがいっぱいの開業医の現場です。求められるものもいろいろ。スパッと一刀両断したいのがわが外科医の世界‥そんなわけには行きません。そして「民間信仰」が横行しています。

 これを少々大げさに表現すると、近年流行の「権威の崩壊」の一つといえるのかもしれません。教師の権威の崩壊は学級崩壊をきたし、国家権威の崩壊は社会的混乱につながるそうです。上記の受診プロセスの混乱は、医師の権威の崩壊の初徴とも思えます。

 これを少々大げさに表現すると、近年流行の「権威の崩壊」の一つといえるのかもしれません。教師の権威の崩壊は学級崩壊をきたし、国家権威の崩壊は社会的混乱につながるそうです。上記の受診プロセスの混乱は、医師の権威の崩壊の初徴とも思えます。

 これに従えば、私達、開業医の権威も、ひたすら患者さんの満足度(顧客満足度)に規定されるものなのでしょう。MRIのような近代兵器の権威を借りることもかなわぬ弱小診療所にとっては、一人ひとりの患者さんの要求に一つ一つ応えていくことこそ唯一の権威への道なのでしょう。少々人気取りに傾くきらいはありますが・・。

 白鳥陵は、規模に比してその堀が大きく、古墳にしては珍しくその墳墓全景がよく視野に映ります。古代の権威(権力?)を前に、その広い堀に遊ぶ鴨たちを眺めながらとりとめのない思いが浮かぶ最近の晩秋の散歩道です。

2007年12月

院長コラム NO.2  「 開業医の「権威」とは (前編)」

 我が竹庵(診療所)のある白鳥の地には、日本武尊白鳥陵や応神陵など多くの大君陵が群集していています。白鳥の地名の由来は、東征を終えての帰還途上、伊吹山で荒ぶる山神に祟られて落命した日本武尊が白鳥に姿を変えこの地に飛来したことだとか。かの辞世の歌、「倭は国のまほろば‥」はおなじみのあの歌です。振り返れば、大学時代も神武初代天皇と飛鳥の多くの墳墓に囲まれておりました。学生時代との違いはといえば、二上山に落ちる夕日をみていたのが、こちらからは二上山に朝日をみるようになったことでしょう。

 二上山を裏側から見るように、開業して同じ病気を反対側から眺めると、少し感覚が変わってくるようです。病院勤務の頃は、例えば、頚椎の病気で「(神経)根症状は手術しない」などというのは、「下手な外科医の言い逃れ」のように思い、さっさと手術してけりをつけましょうと考えていました。ところが、竹庵を訪ねてこられる皆さんは、手術がお好きでない方や諸般の事情で入院手術が困難な方が多いようで、ご希望にそって保存治療をしていきますと結構何とかなるもので驚いています。

この頃思うことは、患者さんの受診経過が勤務医時代に考えていた以上に種々多様だということです。肩こりで、大きな病院を初診されMRIをとって「何もないよ」といわれるのが好きな方もいますが、椎間板ヘルニアで怪しげなカイロプラクティスに行って背骨をボキボキ鳴らして症状を悪化させる方も多く、果てはうさん臭い呪い師を訪れ「宿世の因縁だ」と告げられウツ病を併発される方までいらっしゃいます。

竹庵の待合室は、俗信、迷信の類に充ち溢れています。「腰の手術をしたら歩けなくなる」、「頭の手術をしたらアホになる」等など。「なんたる無知蒙昧か、この蒙を解かねば」と最初は力んでいた私ですが、最近は柳田国男気取りで、これらの民話のルーツ探しを楽しんでいます。これらの素朴な民間信仰に加えて、この頃では新興宗教(TVの健康番組:ミノモンタ氏やビートタケシ氏の番組等)の信者も増えてきたようです。医師としての私の権威は、ミノモンタより劣るのかと、少々複雑な思いもないではありません。

などと考えながら大昔の権威者の大墳墓の周りを散歩しているこの頃です。

2007年11月

院長コラム NO.1

私の基本姿勢―ちょっと変わっているかもしれませんが「患者さんを心から、自分の家族のように愛す」などと歯の浮いたことを言うのは、もっとも嫌うところです。 よく見受けられる科白ですが、はたしてどこまで本音なのか・・・。
したがって、このホームページにもあまり美辞麗句、建前を並べたくありません。
私は「優しい藪医者」であろうとは思いません。
基本的に「良くなってなんぼ」と考えています。
できれば「寛容な名医」でありたいと日々努力はしていますが・・・。

最近、知ったトリビアなのですが、ギリシャ語では、医者iatrosは男性名詞で、医術iatrikaeは女性名詞です。
昔、先輩に、外科の心得として「鬼手母心」、「鬼手仏心」などと教わりました。
そこに何らかの真理があると感じています。

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